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「ふるさとに帰りたい」 チベット動乱から60年


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001 2019/03/27(水) 23:12:37 ID:xonH.MUpyg
──今から60年前、チベットの併合を進めてきた中国政府に対し、住民が蜂起し、武力で鎮圧された「チベット動乱」。この動乱を逃れ、その後、留学生として来日したチベットの人たちがいました。──

「いつか、ふるさとに帰りたい」

そう強く願う一方で、宗教政策などが抑圧的とされる中国には今も帰ることができずにいます。ふるさとから遠く離れた日本で今、彼らはどんな思いでいるのでしょうか。

■日本に来たチベットの少年

平均標高が富士山より高い、世界最大級のチベット高原が広がる中国内陸部。チベット自治区や周辺の省の一部を含むこの地域にはチベット仏教を信仰し、独自の言語や文化を持つチベットの人々が古くから暮らしてきました。

1959年、チベットの併合を進めてきた中国政府に対し、反発を強める住民が蜂起しましたが、その後、武力で鎮圧されました。いわゆる「チベット動乱」です。

これをきっかけに、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世をはじめ、多くの人々がインドに逃れたのです。

その中に1人の少年がいました。現在の中国チベット自治区で生まれた西蔵ツワン(にしくら・つわん/チベット名:ツワン・ユーゲル)さんです。

9歳の時に両親とともにヒマラヤ山脈を越え、ネパールを経由してインドに亡命しました。収容された難民キャンプでは6畳ほどの部屋に2つの家族が押し込められ、貧しい生活を余儀なくされたといいます。

しかし、13歳の時に転機が訪れます。チベットの人々の苦境を知った埼玉県の医師が、子どもたちを留学生として受け入れることを決め、その第1陣のメンバーに当時13歳だった西蔵さんが選ばれたのです。

来日した西蔵さんは4か月間、朝から晩まで日本語を学んだあと、埼玉県毛呂山町の中学校に入学しました。

寄宿舎で両親と離ればなれの生活をしながら勉学に励み、高校、そして大学へと進学。日本の医師免許を取得するまでになりました。

現在は埼玉県日高市にある病院の院長を務め、高齢化が進む地域の医療を支えています。

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002 2019/03/27(水) 23:13:47 ID:ItXwqoq7rg
■名字「西蔵」に込めた思い

来日して50年以上がたち、すっかり日本社会に溶け込んだ西蔵さん。しかし、チベットのことは片ときも忘れたことはありません。幼い頃、毎晩眺めた満天の星空や透き通った美しい川は今も鮮明に覚えているといいます。

名字の「西蔵」は中国語で「チベット」を意味し、1987年に日本国籍を取得した時に自分で決めました。

「私は日本人になりましたが、『チベット人』でもあります。その意識は今も変わりありません。自分だけでなく、子どもや孫たちにもルーツがチベットにあることを忘れないようにしてほしいと思い、『西蔵』という名字にしたのです」

自宅にはチベット仏教独特の宗教画に囲まれた仏間があります。ここで毎朝、ダライ・ラマ14世の写真を前に祈りをささげます。

「ダライ・ラマ」は観音菩薩の化身とされ、信仰心の厚いチベットの人たちの心のよりどころとなっています。

西蔵さんの願いはインドに亡命したダライ・ラマ14世がいつの日かチベットに戻ることです。その時にはみずからもチベットに戻って病院を建て、日本で学んだ医療技術でふるさとに貢献したいと考えています。

■「中国では精神的に生きられない」

しかし中国ではチベットの人たちへの抑圧的な政策が続いていると指摘されています。

2008年には大規模な暴動が起き、その後、中国政府による締めつけがいっそう強まったとされています。現地ではチベットの人たちによる抗議の焼身自殺もあとを絶ちません。

国際的な人権団体が去年発表した中国に関する報告書は「チベットでは宗教の自由、言論、移動、集会が厳しく制限され、インターネットや電話の監視も強まっている。僧院や学校では政治教育が強化されている」と厳しい状況を伝えています。

以下ソース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190326/k10011860791000.html?utm_int=detail_contents_news-link_001

画像は投降するチベットの兵士たち

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003 2019/03/28(木) 00:13:12 ID:RvIhREvR7I
在日韓国朝鮮人が「ふるさとに帰りたい」と一言も発しないのは何でだ・・・

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004 2019/03/28(木) 08:14:21 ID:Fd0OisYt.M
どうやったら救えるんだろう?

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005 2019/03/28(木) 17:28:17 ID:CZqShmaLkQ
中国共産党は侵略をちっとも悪いと認識してないばかりか、「侵略し僧侶が逃げ回る動画」を誇らしくプロパガンダ映像として残してる、
その様はとても残忍なのだが、何が悪い事なのか分かってないのが脅威、

中国共産党の基本的考えは「世界制覇」
近平がノー天気に世界制覇(経済面)を表明するものだから、さすがのトランプも怒った、
(民主的国家に於いて一企業が「シュアー世界一を目指す」との発言は許される、
しかし国家レベルで「世界制覇」は許されない、
共産党は、その意識が薄い。

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006 2019/03/29(金) 18:27:54 ID:KNCSzT/Vvs
リー・クアンユー(英語: Lee Kuan Yew, 繁体字: 李光耀、日本語読み:り こうよう、 1923年9月16日(旧暦8月6日) - 2015年3月23日)は、
シンガポールの初代首相。就任以降、長期にわたり権威主義的政治体制、いわゆる「開発独裁」を体現し経済的繁栄を実現した。

2008年、「一部の国の指導者が中国の人権問題とチベット問題を理由に、北京オリンピックの開幕式をボイコットすると圧力をかけているが、何の根拠もないものだ」と欧米各国の行動に対して批判的な態度を示しており、さらにリーは「チベットに抱く西側の人々のイメージは『ロマンチックな理想郷』であり、『ヒマラヤとダライ・ラマ』の地だ。しかし、中国にとってのチベットは『封建社会』であり、『後進地域』なのだ。中国はチベットを支配して以来、インド的な身分制度や農奴を廃止し、医療施設、学校、道路、鉄道、空港などを作り、少なくともチベットの生活水準を上げてきた」と語ることによって西側メディアの中国批判を牽制した。

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